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東京地方裁判所 平成7年(ワ)20513号 判決 1997年9月02日

原告

有限会社太興

右代表者代表取締役

早川邦夫

右訴訟代理人弁護士

多田武

鈴木雅芳

鈴木善和

被告

乙山太郎

右訴訟代理人弁護士

平沼高明

堀内敦

加々美光子

小西貞行

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、一九一四万六一八一円及びこれに対する平成七年一一月一九日(訴状送達の日の翌日)から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、税理士である被告との間で顧問契約を締結していた原告が、漫然と簡易課税選択届出書を税務署長に提出して原告に本則課税による消費税の還付を受けられなくし、その結果、原告に損害を被らせたとして、被告に対し、債務不履行による損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、不動産の売買・賃貸借等を営む有限会社であるところ、税理士である被告に対し、昭和五四年五月から平成六年五月までの間、原告の事業に係る法人税等各種税(平成元年四月一日に消費税法が適用された後は、消費税をも含む。)につき、税務代理、税務書類の作成等の各種業務を、相当額の毎月の顧問報酬及び決算時における決算申告報酬を支払う約定で包括的に委託し、被告は、これを引き受けた(以下、右顧問契約を「本件契約」という。)。

2  被告は、本件契約に基づく税務代理業務として、平成元年九月二五日、所轄の相模原税務署長に対し、簡易課税選択届出書を提出し(以下、右届出を「本件簡易課税届」という。)、原告は、消費税法三七条一項に規定された簡易課税制度の適用を受けることとなった。

この結果、原告は、昭和六三年六月一日から平成元年五月三一日までの課税期間(以下「平成元年五月期」という。その後の課税期間についても同様に記載する。)分として一〇〇〇円、平成二年五月期分として六万八五〇〇円の各消費税の納付義務を負担した。

3  原告は、平成五年五月期についての基準期間である平成三年五月期の課税売上高が七億九六九二万余円であり五億円を超えたため、自動的に本則課税方式の適用を受けることとなった。

二  争点

1  被告の債務不履行責任

(原告の主張)

被告は、平成元年九月当時、原告の平成元年五月期における課税売上高が五一七万二〇〇〇円であるのに対し、課税仕入高が六一九二万六二八四円であって、本則課税によったならば一六四万八五一八円の消費税が還付されることを当然認識していた。

更に、被告は、平成二年五月期についても、本則課税の方が有利であることを容易に認識し得た。すなわち、原告は、平成元年四月四日、原告の本社ビル(以下「本社ビル」という。)建築に関する請負契約を締結し、本件簡易課税届がなされた同年九月二五日の時点では、同年一一月三〇日の完成を目指して工事が進行していたので、被告は、原告が平成二年五月期に本社ビルの工事代金一億五〇〇〇万円を支払い、それが消費税法上の課税仕入になることを容易に予見し得た。また、原告は、昭和六二年ころから転売を目的として美術品の購入を始め、平成元年五月末には三五六六万六五五四円相当の美術品の在庫を持ち、同年六月には新たに四〇〇〇万円の美術品を購入し、平成二年五月期においては四億〇〇五九万九八八七円の美術品を購入しているが、被告は、本件簡易課税届を行った際、原告が転売を目的として多量の美術品を購入し、将来も購入しようとしていることを十分承知していた。

なお、原告は、スポーツ事業に参入する計画でゴルフ会員権を取得したのであって、これを転売する目的を有していなかった。貸借対照表にも、ゴルフ会員権については固定資産勘定として計上されている。また、平成元年五月期において五四〇三万九七七七円の課税仕入となるニュー・ステイト・メナー・マンション(以下「代々木のマンション」という。)の取得時は、平成元年四月四日である。

したがって、平成元年五月期及び平成二年五月期において、簡易課税の一定割合によるみなし仕入税額控除を受けるより、本則課税によって支払消費税額を控除対象仕入税額とした方が原告にとって有利であることは明らかである。

しかるに、被告は、原告に対して何ら事情聴取をすることなく漫然と本件簡易課税届を行ったのであるから、債務不履行責任を免れない。

(被告の主張)

原告の美術品の購入は、所蔵目的であり、仮にそうでないとしても、被告は、本件簡易課税届を行った際に、原告が転売を目的として多量の美術品を購入し、将来も購入しようとしていることを知ることができなかった。

また、原告は、消費税法の適用前から転売目的をもって代金合計六億六五二五万四〇〇〇円で大量のゴルフ会員権を購入していたところ、右ゴルフ会員権については、課税仕入に係る消費税額は零であるから、簡易課税方式の方が有利であり、更に、ゴルフ会員権の売買は、値動きを見て時機に応じて行われるものであるから、将来的にどのような値動きをするか分からないものを見越して課税方法を選択することはできない。

なお、本社ビルについては、被告は、原告代表者の妻早川ユキ子の所有するべきものと認識していた。仮に右主張が認められないとしても、その請負契約は、消費税法施行の昭和六三年一二月三〇日より前に締結されていた。また、代々木のマンションについては、その代金の概ね五〇パーセント以上は、平成元年三月三一日までに支払が完了していた。

被告は、以上の諸事情を考慮して、本件簡易課税届を行ったのであり、被告に債務不履行責任はない。本件訴訟は、経済情勢の変化と原告代表者の経営判断の誤りの付けを被告に転嫁させようとするものである。

付言するに、被告が本件簡易課税届を行うにあたり、原告は、被告に対し、何ら事業計画を説明しなかった。

2  原告の損害

(原告の主張)

本件簡易課税届がなされずに本則課税によっていた場合には、原告は、平成元年五月期分は一六四万八五一八円、平成二年五月期分は一七四二万八一六三円の消費税の還付がそれぞれ受けられた。

したがって、原告は、被告の前記債務不履行により右合計額一九一四万六一八一円の損害を被った。

(被告の主張)

右主張は争う。

原告は、平成三年五月期にゴルフ会員権を売却しているが、これについては、損益相殺の用に供されるべきである。

仮に被告が原告に対する十分な事情聴取を行わなかった点に債務不履行責任があるとしても、十分な事情聴取が行われた場合においてもなお原告については簡易課税方式を選択すべきであるから、右債務不履行と原告の損害発生との間に相当因果関係がない。

第三  争点1に対する判断

一  証拠(甲一、同四ないし一二、同一四ないし一七、同二三ないし三一、乙一ないし一二、同一三の一ないし四、同一四の一ないし三、原告代表者、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  原告は、平成元年五月当時、時価合計約三五〇〇万円相当の美術品を所蔵目的で所有していた。そして、右美術品は、原告の貸借対照表に有形固定資産勘定として計上されていた。その後、平成二年二月ころ、原告代表者は、古物営業の許可を得て絵画ビジネスに参入し、転売目的で本格的に美術品を購入するようになった。なお、原告の絵画の売却は、平成三年五月期及び平成五年五月期には行われたが、平成元年五月期及び平成二年五月期には行われなかった。また、原告の商業登記簿上の目的欄に美術品又は絵画の売買についての記載はない。

被告は、本件簡易課税届を行った際、原告が将来転売を目的として美術品を購入することを予測することは不可能であった。

2  原告は、消費税法の適用前から転売目的で金融機関からの短期借入れにより大量のゴルフ会員権を購入し、平成元年五月期における有価証券の内訳書には一三銘柄のゴルフ会員権(ただし、六箇所のゴルフ場に係るもの)が記載され、期末現在高は合計六億六五〇〇万円余りとなる。右ゴルフ会員権については、課税仕入に係る消費税額は零であるから、簡易課税方式の方が有利である。

3  本社ビルについては、平成二年二月二日に原告名義で所有権移転登記が経由され、代金額を一億五四五〇万円(四五〇万円は消費税)とする平成元年四月四日付請負契約書が作成されているが、建築確認の申請者及び右契約書上の注文者は、いずれも原告代表者の妻早川ユキ子であり、建築工事期間中も、建築主が早川ユキ子として公示されていたこと、消費税法の施行された昭和六三年一二月三〇日以前の同年七月に請負代金の一部が支払われていることなどから、被告は、平成元年九月当時、本社ビルの建築については消費税法の適用がないものと認識していた。そして、平成二年七月ころに至り、被告は、初めて本社ビルが原告の所有であることを知った。

なお、消費税法の附則には、消費税法の施行日前に契約が締結され、適用日以後に引渡が行われる工事等の請負契約等については、消費税は課税されない旨規定されている。

4  代々木のマンションについては、原告が代金一億三〇〇〇万円で購入したものであり、平成元年三月三一日の売買を原因として同年四月四日に所有権移転登記手続が行われているが、その代金は、同年三月三一日までに支払が完了していた。

そして、消費税取扱通達では、固定資産の譲渡を行った日は、原則として、その引渡のあった日とされ、引渡の日が明らかでないときは、代金の相当部分(概ね五〇パーセント以上)が支払われた日と所有権移転登記の申請(その登記の申請に必要な書類の相手方への交付を含む。)が行われた日のうちいずれか早い日に引渡があったものとすることができるとされている。

5  被告は、平成元年九月当時、原告の帳簿類上、原告の平成元年五月期における課税売上高が五一七万二〇〇〇円であるのに対し、課税仕入高が六一九二万六二八四円であって、これを前提とする限り、本則課税によったならば一六四万八五一八円の消費税が還付されることを認識できた。

6  本件簡易課税届が行われるにあたり、原告は、被告に対し、何ら事業計画を説明しなかった。他方、被告においても、原告に対し、事業計画について説明を求めなかった。

以上の事実が認められ、甲一四(原告代表者の陳述書)及び原告代表者の供述中右認定に反する部分は、前掲証拠に照らして採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

二 税理士は、税務に関する専門家として、独立した公正な立場において、申告納税制度の理念にそって、納税義務者の信頼にこたえ、租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図ることを使命とする(税理士法一条)。したがって、税理士は、依頼先の会社について消費税法三七条一項に規定された簡易課税制度の適用を受けるべく簡易課税選択届出書を提出すべきかどうかを判断する場合には、税務の専門家として、税務に関する法令及び実務の専門知識を駆使し、かつ、依頼者からの事情聴取、適正な調査等を行うなどして、右判断に必要な程度まで事実関係を把握し、法令の許容する範囲内で依頼者の利益を図る義務があるというべきである。

これを本件についてみるに、前記一及び第二の一に判示した事実関係、殊に、原告の営業目的、資産状況等のほか、ゴルフ会員権の売買は、値動きを見て時機に応じて行われるものであること、簡易課税方式は、実際の課税仕入にかかわらず、一律に、課税仕入に係る消費税額を課税売上に係る消費税額の八〇パーセントとするものであるから、いわゆる粗利率が二〇パーセントを超える場合には、計算上、簡易課税方式の方が有利であること、簡易課税選択届出書を提出した者に対しては、少なくとも二年間簡易課税方式が適用されることなどを総合考慮すると、被告は、平成元年九月当時、原告の帳簿類により、原告の平成元年五月期について本則課税によったならば一六四万八五一八円の消費税が還付されることを認識できたのであり、また、原告に対し、事業計画について説明を求めていないが、平成二年五月期以降に原告が前記ゴルフ会員権を売却することも十分あり得るし、その場合には、簡易課税方式の方が原告に有利である可能性が高いと考えられるから、本件簡易課税届を行ったことについて被告に債務不履行責任はないものと認めるのが相当である。

第四  結論

以上の次第で、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官飯田敏彦)

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